大切な人の死に出会ったとき、本当の心に気づけるのかもしれない

政治の動画を見ていたはずなのに、

ふと画面が切り替わり、

偶然にも YouTube に流れたのが

平井堅さんの「瞳をとじて」でした。

亡くなった方の映像とともに流れるその画面。

その瞬間、心の奥が静かに揺れ、

命の重みと、残された人の悲しみが胸に迫ってきました。

かつて夫を亡くした友人の姿を思い出します。

当時の彼女はとても厳しく、

怒りや棘のある言葉をぶつけてくる状態でした。

何を言っても届かないように感じていましたが、

今なら、少し理解できるような気がします。

あれは誰かを傷つけたい気持ちではなく、

どうにもならない無力感と深い悲しみの裏返しだったのだと。

その心を、あの時の私は理解してあげられませんでした。

さらに、母の記憶もよみがえりました。

自分の言うことを認めず、怒りや厳しい言葉が多かった母。

けれどその奥には、

どうしていいかわからないほどの心配と、

「幸せになってほしい」という不器用な愛情があったのだと思います。

私はその気持ちを、うまく受け止められずにいました。

でも本当は、感謝すべき存在でした。

だから今、

母への感謝と、謝りたいという気持ちが自然に湧いてきています。

怒りの奥にある気持ちは、

大切に思う気持ちや、心配してしまう気持ちなど、

愛情の裏返しだったのかもしれません。

あの映像には、気づかせてくれる意味があったのだと思います。