②松平容保の思いー忠義が生んだ、あまりにも深い無念

松平容保は、

「国の秩序を守り、人々を守るため」に

徳川への忠義を貫こうとしました。

しかし時代は、

もはや誰の正義も通らない混乱の中にありました。

彼が幕府のために動けば、

それは「朝廷に逆らう行為」とされ、

やがて会津藩は「朝敵」の汚名を着せられます。

結果として、

会津の町は焼かれ、

多くの民と家臣が命を失いました。

ここで彼が背負ったのは、

ただの敗北ではありません。

「自分の正しさが、

守りたかった人たちを苦しめてしまったのではないか」

という、

取り返しのつかない問いでした。

彼は、

誰かに命じられたから戦ったのではありません。

「自分が選んだ忠義」によって、

多くの悲しみが生まれてしまった。

だからこそ、この無念は深いのです。

逃げれば楽になれたかもしれない。

でも彼は逃げなかった。

その痛みを、すべて自分で引き受けたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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